学校での集団活動が苦手な子どもと楽しく活動を行うコツ①~まずは自閉症スペクトラム障害(ASD)の背景を理解する~
ヴィストカレッジディレクターの林原です。
現在、ヴィストカレッジでは2歳~18歳の500人弱のお子さんを支援させていただいており、一人ひとりの発達年齢に応じた療育を実施しています。
新年度が始まり、たくさんの小学校新1年生も利用を開始されています。その小学1年生を含め、小学校低学年において、ヴィストカレッジで最も相談件数として多いのは、子どもの「学校での集団活動」の困り事です。
例えば以下のようなものです。
・教室の中で先生の一斉指示が伝わらない
・授業中に先生に呼ばれても振り向けない
・授業に集中できていない
・授業中に隣のお友達にちょっかいを出してしまう
「小1ギャップ」という言葉があるように、幼稚園・保育園から小学校への環境変化に、子どもが対応するのが困難な状態が多いことが背景として考えられます。
2020年に、富山県の特別支援学校以外の学校(普通級、特別支援級)に在籍し放課後等デイサービスを利用している保護者88名を対象に学校での「お子さんの悩み」のアンケート調査を行ったところ、もっとも多かった回答は「集団での指示が聞けない(54.5%)」でした。環境変化の中でも「集団活動」に特に困難さを感じている様子がわかります。
今回は、集団での指示の理解が難しい背景を「自閉症スペクトラム障害(ASD)」の観点から解説し、次回はその対応策に関してご説明します。
自閉症スペクトラム障害(ASD)のお子さんが集団活動を苦手とする背景
①音の弁別の問題
音の弁別とは、「たくさんの音の中から特定の音を拾う」スキルのことです。
学校での集団活動が始まる前には、先生はクラスの子どもたちに対して一斉に指示をすると思います。しかし、自閉症スペクトラム障害(ASD)のお子さんは、たくさんの音の中から、先生の指示だけというような特定の音だけを聞き分けることが苦手です。
例えば、35名の子どもが「ざわざわ」している中で、「Aさん」と先生が呼んだとしても、先生の声がお友達の「ざわざわ」と混じってしまい、先生が「Aさん」と呼んでいるのに気がついていません。先生の指示通りに活動ができないのは、先生の指示が聞けていなかったことが背景として考えられます。
これは、脳の「中枢性の統合不全」で起こると考えられ、子どもの発達成長とともに改善は見られます。
ただ、それぞれの子どもによって、発達年齢や自閉のパターンも異なってくるため、その子が「どの場面で聞き取りにくいのか?」「誰の声が聞き取りにくいのか?」などをアセスメント(評価)し、対応策を検討していく必要があります。
②感覚過敏等の問題
自閉症スペクトラム障害(ASD)のお子さんは、視覚、聴覚、触覚など特定の感覚が過敏な方が多数見られます。
例えば、聴覚が過敏な方は、窓の外から聞こえる風の音が気になって、授業に集中できない、隣のクラスの声が気になって課題が進まないなどです。
また、視覚が過敏なお子さんは、クラスの中で他のお子さんがふらふら歩きまわっているとそこに気持ちがそれたり、クラスの壁の掲示物に気持ちが入ってしまったりすることがあります。
一度気になってしまうと、気になってしまったものに気が取られ、先生の指示を聞けない事態になります。
他の感覚が過敏であるため、集団活動の始まる前の先生の指示を聞いておらず、結果として指示内容を理解できていない場合が考えられます。
③ワーキングメモリーの弱さ
自閉症スペクトラム障害(ASD)のお子さんはワーキングメモリーと呼ばれる、情報を一時的に記憶しておくことが弱い方が多いです。
例えば先生が、「手を洗ってから、給食を食べましょう」という指示を出したとします。ワーキングメモリーが低いお子さんの場合、前半の指示の、「手を洗って」が覚えることができず「給食を食べましょう」のみ理解できているため、結果として手を洗わずに給食を食べる準備をしようとします。
口頭での指示が長くなると、指示の内容を理解ができない可能性があります。
④言語理解の問題
自閉症スペクトラム障害(ASD)のお子さんは運動が得意だったり、子どもの話し言葉が流暢だったりすると、読み書きからの言葉の学習に遅れがあることを見過ごされることがあります。
先生が指示を出した言葉を子どもが「理解している」ように見えたが、実は「聞いてはいたけど、理解できていなかった」という結果になります。耳で言葉を覚えるのが得意な子どもでも、読むことが苦手な子どもは多いです。
黒板などで指示をする場合、その子どもが理解できている言葉を使っているかに気を付けたり、場合によっては言葉ではなく、イラストや写真を使って指示をする必要があります。
また、「ちゃんとやりなさい」「しっかりしなさい」など、抽象表現が苦手な子どもが多いです。また、禁止の言葉「廊下を走ってはいけません」なども伝わりにくい場合があります。
これは、自閉症スペクトラム障害(ASD)のお子さんが「イメージ」をすることが苦手なことが背景としてあります。
⑤「心の理論」の獲得の課題
「心の理論」とは「他者の心を類推し、理解する能力」のことを言います。
定型発達のお子さんは5歳までに獲得できると言われています。自閉症スペクトラム障害(ASD)のお子さんは、「心の理論」の獲得が遅れることが指摘されています。
集団活動の場面では、例えば「順番を待つ」場面で問題が出ます。順番を待つとは「他の人も順番を待っているから、他のこどもの迷惑にならないように順番を待とう」など「他の子どもの気持ちを考える」ことが必要になります。
また、「教材を共有して使う」という場面でも問題が出ます。先生から「みんなで一緒にこの教材を使ってね」という指示があったとすると、クラスのなかの子どもと一緒に使用するには「他の人も使いたいから、自分が使ったら他の人に渡そう」という気持ちが必要です。「これ、俺のもの」とその子どもの席で教材が止まってしまうことが予想されます。
⑥学習スタイルの違い(シングルフォーカス)
自閉症スペクトラム障害(ASD)のお子さんは、独特の学習スタイルを持っています。
シングルフォーカスとは、一度に複数のことができないことを指します。自閉症スペクトラム障害(ASD)のお子さんはシングルタスクの傾向が強いと言われています。
例えば、ご家庭でテレビを見ている子どもに「ご飯ができたよ」とお母さんが言っても子どもが気付かない場合などもそれにあたります。
「テレビを見ること」「お母さんの指示を聞くこと」の2つを同時に処理できないのです。
人を含めた環境のアセスメントが大切
ある特定の脳機能に発達に遅れがあり、このような背景を理由として、一般的に考えられている「学校での集団活動」がうまくいかない場合がヴィストカレッジの利用されている保護者より多く聞かれます。
自閉症スペクトラム障害(ASD)は「個人と環境の相互作用」の結果により不適応の状態になる可能性があると考えられます。
忘れてはいけないのは、学校の先生や、学校のお友達、保護者などの人間も環境の一部ということです。自閉症スペクトラム障害(ASD)のお子さんの集団活動を考える際には、子どものアセスメントを丁寧に行い、子どもの特性に合わせた指示のしかた、教材の選択など、集団活動を包括的に検討する必要があります。
次回は、今回の自閉症スペクトラム障害(ASD)の背景をもとに、集団活動時の「構造化」の視点からの支援方法についてお伝えしていきます。
続き:学校での集団活動が苦手な子どもと楽しく活動を行うコツ②~活動を構造化する~
執筆者:林原洋二郎
ヴィストカレッジ ディレクター。公認心理士。富山大学大学院人間発達科学部修了(教育士)、金沢大学子どもの心の発達研究センター研究員。富山福祉短期大学非常勤講師。物流企業の営業職、広域通信制高校センター長を経て現職。発達障害の就労支援と発達に特性を持つ子どもの療育(発達を促し、自立して生活できるように援助すること)に従事。『放課後等デイサービスにおけるプログラミングを利用した自己肯定感を育む支援』(日本教育工学会論文誌/2021)など多数執筆。